温楽空間 こころとからだを温める隠れ家サロンをオープンする予定です


by naonaogon
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今の仕事はそれなりに楽しく満足もしているが、出会いと刺激を求めて、第11回国際女性ビジネス会議に申し込んだ。どんな出会いがあるだろうか。楽しみ。
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by naonaogon | 2006-06-30 17:28 | 仕事
だんなに薦められて読んでいる。法律というのは人間が生活していくために人間自身が定めた規律である。これをきちんと守ろうとすれば、時として人情に逆らわなければならない。法律は絶対ではあるが、できるだけ人情を汲み入れて措置を講じることが大切と著者は強調する。
ふむふむ。法律というのはとかく我々を縛り付けている、というようなイメージがあるが、法律がなければ、我々の生活の秩序もめちゃくちゃになってしまうのだ。そういう意味ではやはり法律は必要だし、守らなければならないものなのだ。でも法律にいくら定められていてももう少し人情というものを考慮してくれてもいいんじゃない、というときもあるというものだ。
これを読んで先日の事件を思い出した。いや、事件、というほど大げさなものではないけど。

小学校の「伝染病治癒証明書(登校許可書)」事件だ。長女が溶連菌にかかったときのこと。溶連菌は薬がすぐ効くらしく、翌日には発病2日後の登校許可証を出してもらえると、最初の診察で言われた。発病した日に医者に行ってみてもらって翌日には登校許可証がもらえるのだから、用紙を事前に準備しておかない(学校の担任に連絡してから用紙をもらうのでは1日遅くなってしまい、仕事をしている我々の都合もあわせて考えると治癒証明書の用紙が事前にないと不便だ、ということになる)と翌日の朝には医者の判子を押してもらえない、ということだ。
役所のHPからは保育園の治癒証明書はダウンロードできるようになっているが、小学校のはなぜか掲載されていない。なぜないのですか、と役所に問い合わせてみると、保育園と学校では管轄が違うので学校管轄の方ではまだそのようになっていない、と説明された。あ~、かの有名な縦割りのせいか。ならば、その保育園と学校の違いはまぁ納得したとして、今度はなぜ小学校の治癒証明書という用紙は前もってもらえないのか、と問うてみた。最初は、その用紙が必要な病気になって初めて学校から渡すことになっている(きまり)ので、前もって渡せない、という回答だった。

それでも別に用紙くらいケチらなくても前もってもらっておくくらいはいいんじゃないのか、だって、提出を求められるのは、我々の方なのだ。用紙がなければ提出できないではないか。わたしは仕事をしているのでそうしょっちゅう学校へ行けるわけではないし、今回のように溶連菌ですぐに証明書をもらえる、という場合は学校から渡されるのを待っていたら遅くなってしまうし、仕事の都合もあって医者に行くタイミングがずれれば二度手間にさえなってしまうのだ。そういうことを役所の担当者に述べると、それでもどうしても前もって用紙は渡せないという。何か法律で定められているのか、と聞けば学校保健法というので伝染病の予防の第12条で、「校長は、伝染病にかかつており、かかつておる疑があり、又はかかるおそれのある児童、生徒、学生又は幼児があるときは、政令で定めるところにより、出席を停止させることができる。」というのがあり、校長が出席停止かどうかを判断するので、その校長がそう判断すればその用紙を初めて渡すことになる、というのだ。たしかにその法律はわかったが、「校長が出席停止命令をだしてからその登校許可書を渡す」というようなことは法律には一言も書いていないのだ。それを指摘すると、その用紙を事前に渡すか渡さないかについては法律では言及していないが、これは区のきまりだ、というのだ。

きまりだ、といわれてもやはりわたしは納得いかなかった。現に、ほかの県では、やはりHPなどで登校許可書をいつでも印刷できるようになっている小学校もあるし、役所のHPで印刷できるようになっているところもあった。わざわざ文部科学省にも電話で問い合わせてみた。するとやはり、その用紙について前もって渡さないとそこまでかたくなに言うのはおかしいと同意してくれた。ただ、文科省の人はそれぞれの自治体でなにか用紙について決まりがあれば文科省は何も言えないが、、、とのことだった。

長女がりんご病にかかったときも、ちょうどたまたま学校が休み(金曜)のときに発病し、月曜の朝に見てもらって登校許可書を書いてもらったのだ。このときももちろん学校へ用紙をください、という間もなかったのだ。
溶連菌のとき、担任に連絡帳で、治癒証明書を数枚ください、今後も伝染病にかかったときに必要ですので、とお願いした。ところが、数枚はお渡しできませんので、一枚だけお渡しします。との回答。なぜなのか理由を知りたい(役所と答えはやはり同じかしら?)と思ったので、またまた連絡帳で、なぜ数枚前もっていただけないのでしょうか、と質問した。すると、伝染病にかかってから用紙をお渡しすることになっているので、前もっては渡せない、という回答だった。うーん、、、そうか。やはりどうしてもダメなのか。

結局、溶連菌のときはHPで保育園の書式を印刷して書いてもらい(念のため、用紙が間に合わないときは保育園の書式でもいいか、と役所に問い合わせたら、いいですよ、とのことだったのでそうした)、りんご病のときは、溶連菌のときに連絡してあとでもらった用紙を(念のためコピーして)使った。間をあけずに2回も治癒証明書を提出しなければならないことになったわけだが、両方とも治癒証明書を学校からもらうのは間に合わなかったのだ。こういうことがあるというのにそれでも前もって用紙をもらえないというのはやはり納得がいかない。法律とまではいかないが、この「きまり」のおかげで人情が無視されていると感じる。不便きわまりない。法律を守りながらも、できるだけ人情を汲んで策を考えてもらいたいものだ。
しかし、この証明書ごときの用紙をわたすことって、そんなに慎重にしなければならないことなのだろうか。まったく理解に苦しむ。
ま、いずれにしても予備として一枚もっている(こんなことをするのはいけないのだろうけれど、くれないとなると予備としておいときたいものだ)ので今度必要なときはそのコピーをとって出すことにする。コピー代はもちろん自分もちだ。何か文句ありますかな?学校と役所さん。『法律における理屈と人情』(我妻栄著)を読んで、わたしの事例を考えてみてくださいよ、といいたい。
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by naonaogon | 2006-06-15 15:19 | 社会

東京タワーに上る

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5月末ごろから週末は運動会やら学校公開、その他もろもろ行事ごとなども多く、どっか遊びにいきた~い!!という思いがわたしもだんなもあった。週末は掃除して買い物(一週間分)行ってごはんを作って食べさせて、、、などしている間にもう日が暮れていく、という具合。なんで我々の生活は余裕がないのだろう?(苦笑)

ということで(?)、この日は前々から行きたいなぁ、と言っていた東京タワーへ行くことにした。大江戸線の赤羽橋で下車。そこからてくてくと歩いて東京タワーへ向かった。二男もよく歩いた。ふらふらと歩くので横断歩道などは危なっかしい。バスが通れば「バ!バ!」などといって立ち止まって指差し確認。わたしがバスだね、というとやっと納得して歩を進める。そんなことを繰り返しながらようやく東京タワーへ到着。

第一展望台までは階段で行くことにした。幼稚園くらいの子でも15分ほどで上れるという情報があったので、3歳の長男はなんとかいけるだろう、と思い、上らせた。二男はさすがに無理だろうからだんなが抱っこした。段数は600段。中盤あたりがやはり一番しんどかった。長男は中盤以降も「も~、疲れたよ~、休みたいよ~」などと文句をいいながらも励ましてやると頑張った。だんなは二男に向かって、大きくなったらまた彼女と上れな、などといっていた。

高くなると眺めはいいが、じつはわたしは高所恐怖症。東京タワーがゆれているのを感じて、非常に怖かった。階段を上っている途中も高くなってくるにつれ、今、ここで地震がおきたらどうしよう(^^;)などという考えが浮かんだりするので、そういうことを考えるとなおさら恐ろしかった。

やっとこさ第一展望台に到着。長女が望遠鏡を見たいとねだるので、100円を投入。あっという間の30秒。よく見えたのかしら?ちょっとここで休憩タイム。おしゃれなカフェなんかもあったけど、そこには入らず、持参のおやつと飲み物でエネルギー補給。二男は抱っこされて階段を上っている途中で寝てしまい、第一展望台についたころに少し目を覚ました。ざっと一週して第二展望台へのエレベータに並ぶ。少し混んでいたので、待ち時間およそ20分くらいだったろうか。第二展望台はさすがに高い。やはり揺れるような気がして、恐ろしかった。東京タワーだよ、高いよ、なんて声をかけたけど、本人は「??」という感じだった。

ここでもほぼ一周してエレベータの列に並ぶ。並んでいるとエレベータのところまで半周くらいできた。途中で長男が「おしっこ!!」といったので、えーっ!と驚いた(いや、まぁ誰でも催すのは当たり前なのだが、長男の場合、おもらししてしまう可能性も多分にあるので慌てた)が、ちょうどいい位置にトイレがあり空いていたのですぐ入れてほっとする。狭かったけどきれいなトイレだった。こんな高い東京タワーにも水洗トイレがあるのね。水道もあるし、スゴイ!とまるで田舎モンのように妙に感心する。高層ビルも同じようなことだとは思うけど。

降りるときはエレベータで一気にお土産屋さんの階へ。そう、ここは観光名所なのでお土産屋さんも多いし、修学旅行かなにかで来ている制服姿も多く見かけたのだった。

家へ帰ってからの夕飯はとくに長男を眠らせないよう猛スピードでお好み焼きをつくって(準備時間はこれまでの最短時間かも!?約30分)食べさせた。疲れたけど、久々のお出かけは楽しかった!
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by naonaogon | 2006-06-14 16:24 | 外出
っと、あまりにも長い間、泣き叫んで用務のおばさん(かな?)にお菓子までいただいてしまった長男。

いや、土曜日は学校公開で、長女が学校でお勉強している姿を(当然長男と二男も連れて家族で)見に行ったのだ。ほぼ3時間目の終わりまで見て、その日は耳鼻科に行かなければならなかったので、そろそろ帰ろうか、といって帰ろうとしたとき!階段を下りる途中で急に長男が「お姉ちゃんとぉ!お姉ちゃんと一緒にぃ~~!」と泣き叫び始めた。

あー、もうこうなってしまうと、長男は手がつけられなくなるのだ。こちらは耳鼻科の受付締切時間が気にかかるし、長男は頑固におねえちゃんと一緒に帰るといって、動かないしで、困りはてた。下駄箱のところでさんざん「お姉ちゃんとぉ~!みんな一緒に帰るぅ~!」と泣き叫んで一歩も譲らなかった長男をみかねて、用務のおばさんが部屋の奥からお菓子をもってきて曰く、「これあげようね、ないしょだよ。ほら、はやくしまっておうちへお帰り」などといってお菓子をくださったのだが…。最初は、それを見てキョトンとしていたけど、お菓子を袋にしまったあと、すぐまたお姉ちゃんと一緒に帰らないとアカン!ということを思い出した(?)のか、再び泣き叫びながら「お姉ちゃんとぉ!!お姉ちゃんとぉ!」を連発してまたまた手がつけられない状態になってしまった。

「耳鼻科のS先生がまってるよ、長男くん、遅いなぁ、っていって待ってるよ。そうだ、電話してみようか」といって携帯電話で電話をするマネをして「あっ、S先生ですか。はい、そうなんです。えぇ、長男がね、いかないというんですけど…、はい、はい、わかりました」とかなんとかいって、いかにも会話してるふうにしてみせて、「S先生、長男のこと待ってるっていってたよ、早く行こうよ!」といったのですが。電話のマネをしている間はだまって、わたしのことを見ていたのですが、「行こう!」というと、また「お姉ちゃんとぉ~~!(>0<)」が始まる始末。(^_^;)用務のおばさんも「ちょっと長女ちゃん、みてきてあげよっか」といってちょっと階段をあがって見にいってから「お姉ちゃんねぇ、もうすぐ帰るからすこぅしずつ先に帰っといて、っていってたよ」なんていって助け舟を出してくれたりしたのだが。どうにもならないので、「じゃぁね、長男だけここで待っとき。お父さんとお母さんは先に帰るから。ばいばい~」といって帰ろうとした。そうすれば仕方なくついてくるだろう、という寸法。いや、この方法はこの泣き叫んでいた最中、ときどき試していたのだが、頑固に座っているし、泣き声がますます増大したから、「もう帰っちゃうよー、ばいばいー!」などといいながらも試し試しやっていたが、最後の最後で覚悟を決めた。心を鬼にして外に向い、扉の外に出ようとしたときに長男はやはり「ウワァァァァ~!」と泣き叫びながら仕方なくついてきた。いや、ついてきた、というより、わたしの手をひっぱって、もういっかい戻ろう!と引き戻しにやってきた。かなり力が強い。これではなかなか前に進まないので、手を軽く振り払ってスタスタと帰り始めた。するとまたまた長男は走ってきてわたしの手をつかんで「もう一回もどろ!ねぇ、もどろうよぉ」と泣き叫びながらひっぱる。それを耳鼻科に着くまで延々繰り返した。さらに耳鼻科についてからも「いまから学校へもどろう!」と泣き叫んでまたわたしの手をひっぱる。待合室で待っている間、学校へ戻ろうと、何度泣き叫んでいたことか。看護婦さんから「あらあら、泣いちゃってるの?どうしたの?」なんて聞かれるし。ほんとうに長男の頑固ぶり(?)には、まいった。一瞬、診察をあきらめて学校へ戻ってやろうか、と思ったが、だんながそれはダメだ、というので診察がおわったら、学校へもどるから、という約束をようやくとりつけた。それで少し落ち着いて診察してもらった。診察がおわると、しばらくして「ねぇ、がっこういこう!」と長男。うわ、あたりまえやけど、長男忘れてないわ、学校のこと。カードもらって薬をもらってからね。というと納得して素直に「ウン」ニコっ。

もう長女が家に帰ってきてるころだろうと、だんなが家まで帰っていたが、電話をするとちょうど帰ってきたところらしく、こちらへ向かうとのこと。薬屋さんで待ち合わせだ。薬をもらってやっと長男はお姉ちゃんと会えた。そして、「ねぇ、がっこうへいこう」だって。お姉ちゃんと一緒に学校から帰るということはもうできなくなったが、もう一回学校へもどって、それで皆で帰るということをしたかったらしい。

これはきっと、先週、運動会で帰りにお姉ちゃんをずっと靴箱の近くで待って一緒に帰ったから、その日も同じことをしたかったんだろうなぁ、と思った。学校にもどると長男もやっとこさ納得したようで、機嫌がなおりました。ほっ。
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by naonaogon | 2006-06-05 12:04 | こどもたち

ムシぎらいの長男

クモいやだ~っ!ウワ~!クモがいた、ママァ~、クモいやだ~!と昨日、お風呂上りに泣き叫んでいた。

最近、長男のムシ嫌いは激しさを増している。昨日は自分がいつも使っている綿毛布にクモがいたらしく、クモがいなくなってもギャーギャーと大泣きして大騒ぎ。もう、おらへんようになったよ、大丈夫やで、となだめてもクモがいた~(>0<)!!といって泣き止まない。
このあいだは、ブトのような(ショウジョウバエのような)ムシがいて、それが自分の(お茶の入った)コップの中に入ってしまったもんだから、そりゃぁもう、大騒ぎしたのなんのって。ムシが入ったぁ~~!ムシ、ムシ!と長いこと泣いていた。

この長男のムシ嫌い、どうにかならないものか。たしか、長女も3歳くらいのころは、コワイ、コワイと騒いでいたな、とだんなが言っていたが、そういう年頃なのだろうか?それならば、大きくなればムシ嫌いでなくなるかもしれない(長女はもうそんなに怖がらない)可能性はある。
もし、そうでなかったら…?男の子だから小さなムシごときに怖がってほしくないのだが。(でも、アリとかなら大丈夫かも?)なぜかあの小さいクモがやたらと怖いようだ。クモさんは、お友達だから一緒に住んでいるんだよ、なんていってもぜんぜんダメだ。

二男はこの長男の大騒ぎぶりを「なんでおにいちゃんは、あんなにないているのかなぁ?」というような顔してじーっと見ている。それがまた、なんかおかしい、というかなんというか。
いや、長男の気持ちを考えると笑えないけど。(^_^;)
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by naonaogon | 2006-06-01 13:22 | こどもたち